← 本編に戻る
BONUS · FINANCE THEORY

ファイナンス理論
4時間目まで。

本編を読み終えた、あなたへ。
暴落の日に効くのは、根性じゃなく理屈。
使うのは電卓でできる算数だけ。中学校の授業みたいに、4コマ分。

Reading 約18分
Level おかわり
Type Bonus

いそがしいあなたへ

30秒まとめ

  • 暴落の日にあなたを守るのは、"根性"じゃなくて"理屈"です。理屈を知っていると、パニックにブレーキがかかります。
  • 授業は4時間目まで。①統計分析(世界はばらつきでできている)②プライシング理論(値段は将来のお金の現在価値)③ポートフォリオ理論(分散だけがタダのランチ)④リスク管理(消せないリスクにどう備えるか)。
  • 数値には、必ず「いつ時点か」を添えます。理屈は時代を越えても、数値は動くからです。
  • 最後に課外授業として、「なぜプロに任せても、平均では市場に勝てないのか」という"算数"も見ます。
  • 理屈を知っている人は、同じ暴落を見ても取り乱しにくい。中学生でも分かる言葉で、そこまで連れていきます。

むずかしく感じても、あなたのせいじゃない。ゆっくりいきましょう。

なぜ、理屈を知ると
強いのか

結論:暴落の日にあなたを支えるのは、気合いや根性ではありません。「これは、そういうものだ」と知っていることです。

想像してください。ある朝、ニュースが「株価、大暴落」と伝えます。資産が2割減っていたら、あなたはどうしますか?

多くの人は、ここで売ってしまいます。理由は簡単で、「何が起きているか分からない」から怖いんです。でも、暴落が「なぜ起きるか」「過去どうだったか」「理屈のうえで何が普通か」を知っている人は、同じ数字を見ても、慌てにくい。知識が、心のブレーキになります。

このおまけページは、投資の「理屈」の授業です。中学校のノリで、4時間目まで。内容は4つ。

最後に、課外授業もあります。それではチャイムが鳴ったので、1時間目を始めます。

ユメ
ユメちゃん(初心者)
理屈を知ってても、暴落は怖いよ……。
マリ
マリ先輩(投資歴10年)
うん、怖さは消えないよ。でも「これは何十回もあったこと」って知ってるだけで、パニックにブレーキがかかるの。今日はその"ブレーキ"を、一緒に作ろう。

1時間目 統計分析
世界は「ばらつき」でできている

投資も人生も、結果は毎回ばらつきます。そのばらつきの正体を知ることが、リスクを知ることです。

身近な例から。宝くじの(払ったお金のうち、平均的に戻ってくる割合)は、種類によって違います。ジャンボ宝くじが約49.9%、スクラッチが約47.5%、数字選択式(ロト・ナンバーズなど)が約45.0%(総務省・宝くじ公式データ、2026年7月時点。法定上限は5割)。どれも「買った瞬間に、お金の半分前後を失う」賭けごとです。一方、公営競技(競馬など)は約75%、パチンコは約80〜85%が目安。宝くじは、いちばん「戻ってこない」賭けごとです。

では、保険会社はなぜ成り立つのか。理屈はこの逆です。たとえば、死亡率0.1%の人が1万人集まった団体を考えます。保険金が1,000万円だとすると、平均して10人(1万人×0.1%)が受け取る計算になり、支払い総額は1億円。これを1万人で"割り勘"すれば、1人あたりの負担(純保険料)はたった1万円です。1人1人の「その年に何が起きるか」はバラバラでも、大勢集まれば、平均はかなり正確に予測できます。これが(たいすうのほうそく)です。

なぜこの計算をするのか

いまやった計算には名前があります。「期待値(きたいち)」です。全員の"もしも"(起こるかもしれないこと)を確率で平均して、前払いの値段に変換する計算のこと。さっき見た宝くじの「戻ってくるのは半分前後」も、まったく同じ計算でできています。当たる確率と、当たったときの金額を全部平均すると、還元率が出てくるんです。

電卓での再現手順

  1. 1万人に、死亡率0.1%をかけます。1万 × 0.001 = 10人(受け取る人数)
  2. 10人に、保険金1,000万円をかけます。10 × 1,000万 = 1億円(支払う総額)
  3. 1億円を、1万人で割ります。1億 ÷ 1万 = 1万円(1人あたりの負担)

宝くじが「戻ってこない」のは、還元率が低いだけでなく、あなた自身の"試行回数"が足りないから。1枚や100枚買ったところで、当選確率が低すぎて、大数の法則が働く前に寿命が尽きてしまいます。保険とインデックス投資は、逆に「大勢・長期間」を味方につける仕組みなんです。

投資の世界で「リスク」というと、"危険"だと思いがちですが、正確にはちがいます。リスクとは"結果のばらつきの大きさ"。上にも下にも大きく振れる状態を「リスクが高い」と呼びます。

では、株式のばらつきは実際どれくらい"味方"になってきたのか。世界最大級の長期データ、DMS(Dimson・Marsh・Staunton。 2026年版、2026年3月公表、1900〜2025年の126年間)を見てみます。世界株式の実質(物価変動を除いた)リターンは、この126年間で年率5.2%。同じ期間、米国株に投じた1ドルは、2025年末までに名目で約12万ドルに増えました(債券や現金より圧倒的に増えた、という比較の代表例。※概数)。126年という"試行回数"が、ばらつきを平均に近づけてくれた結果です。なお、2000年以降だけで見ると、世界株の実質リターンは年率3.5%程度に鈍化しています。歴代平均よりは低いものの、プラスであることに変わりありません。

ただし、ここに大事な注意点があります。株価の動きは、教科書のようなキレイな正規分布(ふつうの釣鐘型のばらつき)には、実はなりません。裾(すそ)が厚いんです()。1987年10月19日の"ブラックマンデー"では、たった1日で株価が約20%下落しました。これは統計的には20σ(シグマ、標準偏差の単位)超(計算の前提条件によって20〜25σと幅があります)に相当します。正規分布どおりなら、通常はまず起こらないはずの規模の"異常事態"です。もっと日常的な数字で言うと、1日で3.5%を超える変動は、正規分布の理屈なら「1万年に1回」のはずなのに、1950年以降だけで118回も起きています(Forbes/NYU調べ)。

σ(標準偏差)とは何か

σ(シグマ)は、「値のばらつきの大きさ」を1つの数字にする計算です。手順は4つ。①平均を求める。②それぞれの値が、平均からどれだけズレているか(偏差)を求める。③そのズレを2乗する。④2乗したズレの平均(分散)を求め、最後に平方根をとる。

なぜ2乗するのか

ズレには、プラス(平均より上)とマイナス(平均より下)があります。そのまま平均すると、プラスとマイナスが打ち消し合って、ズレがなかったことになってしまいます。2乗すればマイナスも必ずプラスになり、しかも大きなズレほど、より強く効いてきます。最後に平方根をとるのは、2乗で変わってしまった単位(%が%²になる)を、元の単位に戻すためです。

電卓での再現手順

  1. 5日分の値動きを、+1%・−1%・+2%・−2%・0%とします。平均は0%(プラスとマイナスが打ち消し合うため)
  2. それぞれの偏差(平均からのズレ)を2乗します。1・1・4・4・0
  3. 2乗した値を平均します。(1+1+4+4+0) ÷ 5 = 2(分散)
  4. 分散の平方根をとります。√2 ≈ 1.41%。これがこの5日間のσです

実際の株式市場では、日々の値動きのσはだいたい1%前後(年によって変わります)。ブラックマンデーの−20%は、当時のσを基準にすると20倍以上、「20σ」という桁外れの規模だった、ということです。

つまり「ばらつきは平均に収束する」のは本当だけど、「たまにとんでもない外れ値が来る」のも本当。この二つを両方知っておくのが、統計分析の授業の結論です。

最後にひとつ、便利な"暗算の道具"を。「72÷金利=お金が2倍になる年数」という目安があります()。年利6%なら12年、年利0.5%なら144年で2倍になる計算です。これは次の2時間目、プライシング理論でも使います。

なぜこの計算をするのか

72の法則は、複利の厳密な計算を"ちょうどいい近似"にした数字です。まず電卓で検算して、当たっていることを確かめます。「なぜ72なのか」の証明は、このすぐあとにまとめました。

電卓での再現手順

  1. 72を、6で割ります。72 ÷ 6 = 12(年)
  2. 年利6%で12年間、複利で増えるといくらになるか確かめます。1.06を、電卓で12回くり返しかけます
  3. 12回かけ終わると、約2.01倍。ほとんど2倍になりました。72の法則は、ちゃんと当たっています

なぜ72なのか(証明)

「2倍になる」を式にすると、こうなります。(1+金利)を n回かけ合わせると2になる。金利をr(小数)、年数をnとすると、(1+r)ⁿ=2 です。

このnを求める道具が(たいすう、log)です。対数は「何回かけたらその数になるか」を教えてくれる計算。log₂8=3 なら、「2を3回かけると8になる」という意味です。

(1+r)ⁿ=2 の両辺で対数(自然対数、ln)をとると、n × ln(1+r) = ln2 ≈ 0.693 になります。かけ算の中に埋もれていた"回数n"が、対数を使うことで前に出てきました。

ここでもう一段、近似を使います。金利が小さいとき、ln(1+r)はrにかなり近い値になります。年利6%(r=0.06)で見ると、ln(1.06)=0.0583。0.06との差は、わずか0.0017です。

この近似(ln(1+r)≈r)を使うと、n ≈ 0.693 ÷ r。理論どおりに計算すると、正しい目安は「69.3の法則」になります。

では、なぜ実際には72を使うのか。理由は二つです。①72は2・3・4・6・8・9・12で割り切れて、暗算に向いています。69.3ではほとんど割り切れず、電卓なしでは扱いにくいのです。②近似のズレは金利が高いほど広がり、実際の年数は69.3÷rよりわずかに長くなります。だから69.3よりわずかに大きい72のほうが、投資でよく使う金利帯(4〜12%程度)では、かえって精度が上がるのです。

検算表

金利厳密な年数72の法則
3%23.4年24年
6%11.90年12年
9%8.04年8年
12%6.12年6年

投資でよく使う4〜12%の金利帯では、どの行も差はわずか0.1年前後。72の法則は、ちゃんと当たっています。

ユメ
ユメちゃん(初心者)
宝くじ、当たったらデカいのになあ……。
マリ
マリ先輩(投資歴10年)
夢はあるけどね、還元率は約45〜50%。買った瞬間、半分前後は捨ててるようなもの。しかも当たる確率が低すぎて、大数の法則が働く前に人生が終わっちゃう。だから保険とインデックス投資は"回数"で殴るの。

2時間目 プライシング理論
値段は「将来のお金の現在価値」

株や債券の値段は、"未来にもらえるお金を、今の価値に割り引いたもの"です。この一言で、金利が上がると株価が下がる理由まで説明できます。

質問です。「今すぐもらえる100円」と「1年後にもらえる100円」、どっちが欲しいですか? 答えは決まっています、今すぐのほうです。今の100円は、銀行に預ければ増えるし、好きなときに使える。1年後の100円のほうが、価値としては"ちょっと安い"んです。この"ちょっと安い"の正体が、(金利)です。

この考え方を、10年後の100万円で試してみます。「10年後に100万円もらえる」という約束が、今の価値でいくらになるか()は、金利によって変わります(2026年7月時点の金利水準を例に)。

PRICING 同じ「10年後の100万円」でも、金利で目減りする 10年後にもらえる100万円の、今の価値(現在価値) 今日の100万円(基準・割引ゼロ) 90.5万円 76.6万円 64.0万円 金利 1% 日本10年債 2.7% 米国10年債 4.55% ※ 2026年7月時点の金利水準を例にした概算(金利は変動します)。金利が高いほど、未来のお金の"今の値打ち"は目減りする。

なぜこの計算をするのか

時点の違うお金は、そのままでは比べられません。今の100万円は、金利で毎年少しずつ増えていきます。だから10年後の100万円を「今の値打ち」に直すには、その"増える分"を1年ずつ"巻き戻す"必要があります。それが「(1+金利)で割る」という計算の意味です。掛け算で増えていく未来を、割り算で今に戻しているだけなんです。

式で書くと、現在価値=100万 ÷ (1+金利)¹⁰。(1+金利)¹⁰ は、(1+金利)を10回かけ合わせるという意味(累乗)です。電卓で10回、割り算をくり返しているのは、この累乗を1年分ずつ"逆再生"しているのと同じことです。

電卓での再現手順

  1. 米国の金利4.55%(=1.0455)で試してみます。まず、100万を1.0455で割ります。約95.6万円(1年分、巻き戻せました)
  2. 出た答えを、もう一度1.0455で割ります。これを何度もくり返します。5回くり返すと、約80万円
  3. 同じことを10回くり返すと、約64万円。これが図で見た「米国金利4.55%のときの現在価値」です

同じ「10年後の100万円」でも、金利が上がるほど、今の値打ちはどんどん目減りします。金利が高いほど「今すぐのお金」の魅力が増すので、遠い未来のお金は割り引かれる(値引きされる)んです。1時間目の"72の法則"を思い出してください。金利が高いということは、お金が早く2倍になるということ。だから「未来のお金」の割引もキツくなる。同じコインの裏表です。

株や債券の値段は、理屈のうえでは「これから受け取れる配当・利息・利益を、全部いまの価値に割り引いて、足し合わせたもの」です。だから金利が上がると、将来もらえるお金の"今の値打ち"が全部目減りして、値段(株価・債券価格)が下がります。特には、遠い未来の利益の割合が大きい。だから金利が上がると、割引の"効き目"がより強くきいて、株価が大きく下がりやすいんです。

この理屈が、教科書どおりに現実で起きたのが2022年です。世界的にインフレを抑えるため、各国が急激に金利を上げました。結果は次のとおりです。

「株も債券も同時に沈む」という、教科書にあまり載っていないはずの組み合わせが起きました(これは3時間目でくわしく扱います)。がグロース株に、1979年以来2番目の大差で勝った年でもありました。

ユメ
ユメちゃん(初心者)
金利が上がると、なんで株価まで下がるの? 別物じゃないの?
マリ
マリ先輩(投資歴10年)
株の値段も「未来にもらえるお金を、今の値段に割り引いたもの」なの。金利が上がると、その割引がキツくなる。特に遠い未来の利益をあてにしてる成長株ほど、効き目が強く出るんだよ。

3時間目 ポートフォリオ理論
分散だけがタダのランチ

値動きの違うものを組み合わせると、リターンを削らずにリスク(ブレ)だけ減らせます。ただし「万能のクッション」は存在しません。

天気は明日を当てるのも難しいのに、"気候"は読めます。「この地域は夏は暑く、冬は雪が降る」という傾向は、毎日の天気予報より、ずっと当てやすい。投資も同じで、「来年どの国・どの会社が勝つか」(天気)は、プロでも当てられません。でも「世界全体に薄く分散すれば、長期の傾向としてプラスに向かいやすい」(気候)は、歴史のデータから読み取れます。3時間目は、この"気候"の話です。

「卵を一つのカゴに盛るな」ということわざ、聞いたことありますよね。カゴを落としたら、卵は全部割れる。カゴを分ければ、1つ落としても残りは無事。投資も同じで、1つの会社・1つの国に全部賭けると、そこがダメになったとき、全部を失います。

分散が効くかどうかを決めるのは、(そうかん)。値動きが同じ方向に動くか(相関が高い=一緒に転ぶ)、逆方向に動くか(相関が低い、またはマイナス=片方がコケても、もう片方は平気)です。相関が低いものを組み合わせるほど、分散の効果は強くなります。

よく「株が下がったら、債券が支えてくれる」と言われます。2000〜2020年は、たしかにそのとおりでした(株と債券が逆方向に動きやすい、めずらしい時期)。でも、2022年に流れが変わります。株も債券も、同時に大きく下がりました。Vanguardは「1977年以来はじめて、株と債券が同じ年に下落した」と報告しています。さらに言うと、AQR(資産運用会社)の調査では、1900〜2000年の100年間はむしろ株と債券は"同じ方向に動く"ほうが普通でした。つまり2000〜2020年の「株が下がれば債券が上がる」のほうが、歴史的にはむしろ例外。「債券は常に株のクッション」という思い込みは、誤りです。

分散の効果を、銘柄数(何社に分けるか)で見てみます。Evans & Archer(1968年)の研究では、8〜10銘柄に分けるだけで、個別企業のリスクの大部分が減らせるとされました。その後の研究(Statman 1987年は30〜40銘柄、近年の研究では17〜50銘柄など)では、必要な銘柄数の見積もりに幅がありますが、共通しているのはこの一点です。分散で消せるのは「その会社固有のリスク」だけ。景気全体が悪くなる「市場そのもののリスク」は、何銘柄に分けても消えません。

一つの国に集中する怖さを、いちばん残酷に教えてくれるのが日本です。日経平均株価は、1989年末の史上最高値から、その高値を回復するまで約34年かかりました(2024年に更新)。もう一つの見方をすると、1994年からの15年間で、全世界株式(MSCI ACWI、円ベース)は累積で+91.7%だったのに対し、日本株中心の株60・債券40ポートフォリオは+14.8%にとどまった、という試算もあります(確度中)。もし1989年に日本株だけを持っていたら、人生でいちばん大事な資産形成期を、まるごと"待ち"に費やしていた計算です。

1時間目で見たDMSの126年データはこうも言っています。「株式は、対象になったすべての国で、債券・現金・インフレを上回った」。長期では、株式という資産クラス自体はどの国でも報われてきました。ただし同じ調査は、いまの市場(特に米国株)の集中度が1933年以来もっとも高い水準にあることにも、警告を鳴らしています。

だから、理屈のうえでいちばん"素直"な分散は、「世界中の会社を、時価総額のぶんだけ、まるごと持つ」ことになります。この話は、「オルカン vs S&P500」のおまけで、もっと詳しく扱っています。

ユメ
ユメちゃん(初心者)
債券があれば、株が暴落しても安心なんだと思ってた……。
マリ
マリ先輩(投資歴10年)
それが2022年に崩れたの。株も債券も同時に下がった。「債券=いつでもクッション」じゃなくて、「分散=タダで手に入る、数少ない得」くらいに考えたほうが正確だよ。

4時間目 リスク管理
リスクは消せない。でも備えられる

暴落そのものはなくせません。でも、備え方・分け方・時間の使い方で、ダメージは大きく変えられます。

上りのエスカレーターで、ヨーヨーをして遊んでいる人がいるとします。ヨーヨーは上下に忙しく動きますが(短期の値動き)、乗っている人自身は、エスカレーターに乗って着実に上へ運ばれています(長期の成長)。株式市場も同じで、日々・年々の値動き(ヨーヨー)は激しくブレますが、経済全体は長期でゆっくり成長を続けてきました(エスカレーター)。4時間目は、この"ヨーヨーとエスカレーター"が表す、短期のブレと長期の傾向に、どう付き合うかの話です。

まず、過去の主な暴落と、株価が高値を回復するまでの期間です(S&P500・価格ベース、配当を含まない数値。配当込みの数値を使う「暴落が来ても積立を続けられる理由」のおまけとは、下落幅や回復期間がやや異なります)。

RISK MANAGEMENT 暴落の深さと、回復までの期間 S&P500・価格ベース(配当を含まない)の下落率 −86% −49% −57% −34% −25% 世界恐慌(1929) ITバブル(2000) リーマン(2008) コロナ(2020) 2022年 回復20年超 データなし 回復約4年 33日で底/約5カ月 回復約2年 ※ S&P500・価格ベース(配当を除く)。配当込みの数値は「暴落が来ても積立を続けられる理由」のおまけとは異なります。

深さも回復の早さも、毎回まったく違います。でも共通するのは、"いつか必ず一度は経験する"ということ。暴落は事故ではなく、投資という行為に織り込み済みの"通常運転"です。

ちなみに、下落と回復には"非対称"があります。−50%下落した資産が元の値段に戻るには、+100%(2倍)の上昇が必要です。下がれば下がるほど、元に戻るための"坂"は急になります。世界恐慌の−86%が回復に20年超かかったのは、深さもさることながら、この非対称性のせいでもあります(−86%からの回復には、理屈のうえで+614%の上昇が必要です)。

なぜこの計算をするのか

パーセントは、いつも"その時の値段"に対する割合です。100万円が50万円になるのは−50%。でも、50万円から元の100万円に戻るには、小さくなった50万円を基準にして+100%が必要になります。下がったあとは、割合の"分母"が変わっている。これが、下落と回復が非対称になるトリックです。

電卓での再現手順

  1. 100万円に、0.5をかけます。100万 × 0.5 = 50万円(−50%した状態)
  2. 50万円に、2をかけます。50万 × 2 = 100万円(元の値段に戻った)
  3. 50万円を2倍しないと戻らない。これが「+100%」の意味です

では、保有する期間を伸ばすと、ブレはどう変わるでしょうか。

RISK MANAGEMENT 保有期間が長いほど、ブレは"プラス側"に寄る 0%(損益分岐)を、またぐか・またがないか 0%(損益分岐) 保有1年 1年間のトータルリターン −62% +139% 0%をまたぐ=マイナスの年もある 保有20年 年率換算のローリング・リターン 最悪でも 年率+3.1% 0%より右=すべてプラス 上限は右に開放 1928年以降、すべての20年間でプラス(最悪の年率が+3.1%)。上限のデータはないため右へ開放的に表示。 ※ 米国株(概数)。1年は年間トータルリターンの振れ幅、20年は年率換算のローリング・リターン。金額のブレは別(本文参照)。

1年間だけを見ると、リターンは年によって−62%〜+139%まで、大きくブレます(米国株、概数)。ところが、20年という期間で区切って見ると(20年ローリング・リターン)、1928年以降のすべての20年間で、結果はプラスでした。最悪のケースでも、年率にして約+3.1%です。月次のデータで見ても、マイナスが続いた最長記録は1929年〜1945年の187カ月、日数にすると約15.7年。裏を返せば、過去の実績では、約15.7年以上ならすべてプラスに転じています。

ただし、ここは誠実に留保をつけます。「長く持てば持つほど安全」という考え方には、学術的な反論もあります。経済学者サミュエルソン(1963/1969年)やボディ(1995年、Financial Analysts Journal)は、「長期なら安全」という主張を否定しました。ポイントは"率"と"金額"のズレです。保有期間を延ばすほど、年率でみたリターンのブレ(%のブレ)は収束していきます。ところが、資産の額そのもの(円建てのブレ)は、運用額が大きくなるにつれて、むしろ拡大します。「%のブレは小さくなるのに、円のブレは大きくなる」。これが、長期=絶対安全とは言い切れない理由です。だからこそ、目標(老後資金など)が近づく高齢期には、株式の比率を下げていくのが一般的な考え方とされています。この論争はいまも決着していません。ここで言えるのは「歴史上の実績では、長く持つほどプラスに収束してきた」ことと、「理論的には"長期=絶対安全"とは言い切れない」ことの、両方が正しい、ということです。

なぜ「率のブレは縮む、金額のブレは広がる」のか

毎年の値動きが、前年と関係なくバラつく(独立)と仮定します。この場合、複数年をまとめたブレの大きさは、年数nの平方根(√n)に比例して動きます。年率のブレ(1年あたりに直したブレ)は√nで割ると縮み、累積のブレ(最終的な資産額そのもののブレ)は√nをかけると広がります。同じ√nが、割り算では縮小に、かけ算では拡大にはたらく。ここが二人の議論の核心です。

電卓での再現手順

  1. 1年間の値動きのσを、米国株の目安である15%とします
  2. 20年分の年率のブレを求めます。15を、20の平方根(√20≈4.47)で割ります。15 ÷ 4.47 ≈ 3.4%。年率のブレは、大きく縮みました
  3. 20年分の累積のブレを求めます。今度は15に、√20をかけます。15 × 4.47 ≈ 67%。累積のブレは、逆に拡大しました

資産額そのもののブレが拡大するということは、「目標額を下回らない保証」を金融商品として買うなら、その保証(下落に備えるプットオプション)の理屈上の値段も、保有期間が延びるほど高くなる、ということです。サミュエルソンとボディが「長期=絶対安全とは言えない」と主張する根拠は、ここにあります。

実績は「長いほど、プラス寄り」。
理論は「長いほど絶対安全、とは言えない」。
両方、正しい。

だからこそ、暴落のときに"売らずに済む"ための備えが要ります。その基本が。会社員なら生活費の3〜6カ月分、自営業なら6カ月〜1年分を、投資とは別に、すぐ引き出せる形(預金など)で持っておく。これが一般的な目安です。暴落中に「生活費のために売る」羽目にならなければ、理屈のうえでの回復を、ちゃんと待てます。

もう一つの備えが、(資産配分を元に戻す作業)。Vanguardの研究では、年1回、または資産配分が目標から5%以上ズレたときに調整する、というルールが、多くの人にとって妥当とされています。リバランスには、もう一つ地味な効き目もあります。値下がりした資産を機械的に買い増す"逆張り"効果です。ある研究(1926〜1994年のデータ、確度は中)では、この効果だけで年率+0.49%ほどの上乗せがあった、との報告もあります。難しく考えず、「年に1回、決まった日に見直す」だけでも十分です。

そして最後、いちばん実践的な備えは「見ない・売らない仕組み」です。暴落中にどう気持ちと付き合うかは、「暴落が来ても積立を続けられる理由」のおまけに、くわしく書きました。

ユメ
ユメちゃん(初心者)
20年も待てば絶対プラスってこと?
マリ
マリ先輩(投資歴10年)
"過去は"ね。1928年以降のすべての20年間はプラスだった、これは事実。でも学者の中には「絶対とは言えない」って指摘する人もいる。だから"備え"も一緒にやっておくの。生活防衛資金があれば、暴落中に売らずに済むから。

Extra Class

課外授業:
アクティブは平均で必ず負ける算数

「プロに任せれば市場に勝てる」は、平均では成立しません。これは腕前の問題である前に、算数の問題です。

経済学者ウィリアム・シャープが1991年に示した、シンプルな理屈があります(The Arithmetic of Active Management)。市場全体のリターンは、参加者みんなの平均。市場に勝とうとする人たち()の平均も、コストを引く前は市場とぴったり同じになります。これは足し算引き算の話で、動かせません。でもアクティブ運用には、調査や売買のコストがかかる。だから、コストを引いたあとは、平均では必ず市場に負けます。

これは理屈だけでなく、データでも裏付けられています。SPIVA(S&P Dow Jones Indices)の調査(米国、2025年末時点)によると、米国の大型株アクティブファンドのうち、市場(S&P500)に負けた割合は79%。20年という長い期間では、約92%が市場に負けています。日本市場のデータ(2024年末時点)でも、「グローバル株式」のアクティブファンドは、15年間で100%が市場に負けました(大型株は10年で85.85%、15年で81.46%が負け)。

差を生んでいるのは、主にコスト。低コストインデックスの信託報酬は年0.1〜0.3%程度(オルカンは年0.05775%、S&P500連動の低コスト商品は年0.09372%など)。一方アクティブファンドは年0.7〜2.0%程度。その差、年約1%。これが毎年、確実に積み重なります。

ただし、この"算数"にも反論はあります。経済学者ラッセ・ペダーセン(2018年)は、「市場は常に変化する(新規上場・指数の入れ替えなど)ので、パッシブ側にも売買が必要になり、シャープの前提ほど単純ではない」と指摘しています。もう一つ有名な指摘が、。「誰も調べなければ、そもそも適正な株価が付かない。アクティブ投資家は、コストを払って調べることで、"正しい価格"という、いわばみんなが使える公共財を提供している」という考え方です。どちらの反論も、シャープの結論を"覆す"のではなく"補う"もので、「低コストインデックスが大多数の人にとって合理的」という大枠は変わりません。

この話をもっと深く、実証データや別の反論まで含めて掘り下げたのが「なぜインデックス投資がいいの?」のおまけです。

Conclusion

まとめ:
4時間目までの、理屈のダイジェスト

ここまでをまとめます。

最後に、社会の変化を一つ。新NISA(つみたて投資枠120万円+成長投資枠240万円=年360万円、生涯1,800万円まで非課税、無期限)の口座数は、2025年6月末時点で約2,696万口座(金融庁)、2025年12月末には約2,826万口座に増えたと報じられています。累計の買付額も、2025年6月末の63兆円から、2025年12月末には約71兆円へ。日本の家計の金融資産は2,350.9兆円、そのうち現預金の比率は2025年12月末時点で48.5%(同年9月末には18年ぶりに5割を切った49.1%を記録)。株式・投資信託は507兆円で21.6%(過去最高)、リスク資産全体では約23%との集計もあり、政府は2040年までにこれを40%まで引き上げる目標を掲げています(確度中)。理屈を全部覚える必要はありません。でも、これだけの人が"なんとなく"から"理屈を知ったうえで"へ動いている。今日の4時間、その一歩を後押しできていたら嬉しいです。

理屈は、暴落の日を消してはくれない。
でも、あなたを取り乱させにくくしてくれる。

References

参考文献

深掘りしたい人へ。数値・主張の出どころです。

"理屈を知った" あなたへ。

ここまで読んだあなたは、統計・プライシング・ポートフォリオ・リスク管理という、投資理論の骨格を知っています。
暴落は消せません。でも、次に来たとき、あなたは"知らない人"より落ち着けるはずです。
具体的な始め方(口座・積立・買い方)は、本編に。

◇ ◆ ◇

このページを作った人のXはこちら。気軽に声をかけてね。
@ItoameSTAR